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2008年11月

2008年11月30日 (日)

学校のイメージキャラクター/古田敦也

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いろいろな会社にイメージキャラクターのタレントを提案していて、苦労するのは「なぜそのタレントがイメージキャラクターにふさわしいのか」の理由付けである。予算とか競合とか諸事情を考慮して「NG」のタレントを除外したとしても、タレントは何百人といる。その中からたった一人を選ぶのであるから、そこには何らかの戦略や意図があるはずである。それを考えるのが企画というものだろう。

しかしこれがなかなか難しい。海外で事業展開している企業に国際的に評価されている俳優やスポーツ選手を選ぶというのは分かりやすいが、提案する企業にこれといって特徴がない場合は苦しい。その点、学校は考えやすい。卒業生に有名人がいれば、その人をイメージキャラクターに推すことに余計な説明はいらないではないか。

京都の立命館大学は、卒業生で元東京ヤクルトスワローズの古田敦也を広告に使っている。露出は駅貼りポスターとホームページだけなので、全然気づいていない人もいるかも知れない。しかし古田のような卒業生がいてくれたら、大学も助かるだろう。基本はスポーツ選手であるが「野村ID野球の申し子」として知的イメージも高く、人間的にも面白い。さらに労組の委員長としてリーダーシップを発揮した経験もある。大学のイメージリーダーとしてはこれ以上ないパーソナリティである。むしろなぜ今まで立命館が古田を使ってプロモーションしてこなかったのか不思議なくらいである。

学校の卒業生キャスティングに有利な点はまだある。まず第一に「実質的に競合が少ない」という点。たとえば古田であれば、他の大学がイメージキャラクターに使うことはまずありえない。契約後に別の大学に使われて、せっかく構築したイメージが崩されるという心配がない。第二に(これは想像であるが)、母校からのオファーであれば、タレントは比較的OKを出しやすいのではないか。ギャラもそれなりに柔軟に対応してくれそうな気がする。そして第三、契約が終わった後も「卒業生」という事実は変わらない。ということは永遠にイメージキャラクター契約が続くようなものである。とくにクイズ番組などで「○○大学出身」とテロップを入れてもらえるならば、これはかなり強力なパブリシティである。

言うまでもなくこれからは子供がどんどん少なくなり、学校間の生徒獲得の競争は激しくなる一方である。意識的な学校(多くは専門学校)は、オーバーでなく「生き残り」をかけて、企業並のマーケティング戦略をもって生徒の獲得をはかっている。

Fa

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2008年11月28日 (金)

いい年の取り方/米倉涼子

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「うまく年をとっている」というのは、発言する人によってニュアンスが違うことがある。発言者が女性の場合は「年をとっても崩れていない」という意味が多いように思う。発言者が男性の場合は「年をとって味が出てきた」が多いのではないか。女性タレントが「オバサン」を受け入れるのは辛いだろうが、そこから新しいタレント価値が生まれることに早く気がついた者こそが生き残るのだと思う。

米倉涼子は「うまく年をとっている」と思う。まだまだ「オバサン」のイメージはないが、数年後にはスムーズに中年の女優に移行できるだろう。本人がそれほど「若さ」にこだわっていないように見えるし、何というか、年をとったときの姿が今からイメージできるのである。おそらく内面的な成長も関係しているのだろうが、それは本人にしか分かるまい。

ところで米倉といえば「松本清張作品」であり「悪女」である。モデルを経て当然のようにトレンディドラマ(死語?)に出演していた彼女が、もし「黒革の手帳」に出会わなかったらどうなっていただろう? 役に恵まれたことで、彼女は一気に女優として開花し、「大人」のイメージでいくつものCM契約を獲得した。

彼女のCM出演歴は結構すごい。ファッション、コスメは言うに及ばず、食品、家電、携帯電話、自動車、菓子、カード、銀行、不動産、薬品、エステサロンと、メジャーな業種・ナショナルクライアントを総ナメである。高級品から身近な消費財まで、商材の範囲も幅広い。しかも2年以上イメージキャラクター契約を結んでいるものが多い。ということは、売上に貢献しているということだろう。

アイドル的な女優・モデルなら年をとると自然に声がかからなくなるものだが、彼女はまったくそんなことはなく、むしろ「黒革」以降のほうが充実しているくらいである。年齢とともに自分の価値を高めていけるタレントというのは、とくに女性ではなかなかいない。役に恵まれたという幸運はあるものの、米倉はまれに見る成功例かも知れない。

Yone

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2008年11月22日 (土)

東京ノリ/ケンドーコバヤシ

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もうかなり前の話だが、だれだったか、明石屋さんまのことを「大阪弁をしゃべる東京人」と言っていたのを覚えている。大阪のタレントがそう言っていたのである。聞いて「たしかに」と思った。言葉以外に東京と大阪の芸人の違いは何かと考えると、思うに、他者との距離感ではないか。紳助などは共演者と私生活までべったりつきあっているかのような「近さ」を感じるが、さんま(そして多くの東京芸人)は非常にあっさりしている。アクが薄いといおうか。もちろんどちらが良いか悪いかという話ではない。

で、ケンコバである。最近完全に東京に拠点を移したようで、事務所もプッシュしているのだろう、テレビで見る回数が着実に増えている。彼もまた「大阪弁をしゃべる東京人」のように思える。というか、彼のしゃべりは大阪弁自体あまり印象に残らない。その時点ですでに大阪色は薄いが、芸風もまたモノローグ中心の東京ノリである。吉本は東京で(つまり全国で)売る芸人と地方で売る芸人を明確に区別してプロモーションしているが、ケンコバはもっと早く東京に呼んでも良かったかも知れない。東京でウケるかどうかは分からないが、少なくとも「東京人の嫌いな大阪イメージ」は彼にはないと思う。

CMはジョージアの「カフェクレム」で外人女性モデルとからんでいる。今でもやっているのかどうか分からないが、彼には別人になりきるという妄想ネタがあって、何となくそれを思わせるシナリオである。が、よく考えてみると舘ひろしが先に同系列商品でやっているのと同じオチではないか。そうと分かればこれはワンパターンである。安易じゃないか。キャストがケンコバなら、後輩に恥ずかしいところを見られて言いわけするとか、もうひとひねりほしかった。

ところで、「カフェクレム」のCMで女性モデルの体に指を這わせる男性は、よく見るとケンコバではない。キス寸前シーンのみの吹き替えとは、ちょっと可哀そうではある。

Koba

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2008年11月20日 (木)

普通の父親/佐々木蔵之介

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前にトータス松本がCMに出るときは父親役が多いと書いたことがあったが(こちら)、彼は若い頃の趣味をずっと持ち続けているような、子供に近い目線を持った大人として描かれている。まさにわが子にロックやダンスやサーフィンを教える「ちょい不良」な大人である。しかしどちらかといえばそんな父親は少数派だろう。世の多くの父親は普通にスーツを着て会社に通い、趣味よりも子供の成長を楽しみにして仕事に精を出している。広告は、あまりいない「憧れのイメージ」を描く場合と、身近な「当り前のイメージ」を描く場合があるが、後者のイメージで最近よく見かけるのが佐々木蔵之介である。

たとえばトヨタのワゴン車「ノア」のCMでは、商品の世界観を示すために、夫と妻、男の子と女の子という4人家族が設定されている。夫役が蔵之介、妻役が酒井法子である。あるときは会社から帰ってくる蔵之介をのりピーと子供たちが駅で待ち伏せ、またあるときは野原にキャンプに行って寝てしまった子供を抱いて車に乗せ、引越しの日には友達との別れを悲しむ長男を温かく見守る。ごく普通の・・・、うーん、普通にしては嫁がキレイすぎるか。それはさておき、特別なイベントを作るより当り前の日々を楽しむライフスタイルをCMが示唆しているのは間違いない。キャッチコピーは「家族は恋人」である。

谷川俊太郎の詩が印象的な日本生命のCMでは、彼は実家で子供を柱の前に立たせて背丈を刻む。その柱には自分が子供のころに同じように父親に背丈を測ってもらったときの傷がついている、という短編映画のような趣きである。まだ青年の面影を残しながら、父親然とした振舞いも板についている、「そろそろ保険のことを考え始める」年代の男性像として、彼はぴったりはまったのではないか。

そもそもが役者という「極端な」仕事を選んでいる人間が「普通」を演じるというのは、素人が思うよりも大変であると思う。その役で引っ張りだこの彼は、高いレベルの演技が評価されているのだろう。しかし、持ち上げておいてこんなことを言うのもアレだが、蔵之介ってどんな役をしていても「何か隠している」ように見えてしかたがない。目が笑ってないというか・・・。そんなことない?

Nissay

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2008年11月18日 (火)

意外にちんまり/吉田美和

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ドリカムとして、個人としてのCM出演が最近増えているように思う。吉田美和である。サザン同様に世代を超えて多くのファンをつかんでいるので、ターゲットを限定しない商材には向いているだろう。最近ではトマトカクテル「トマーテ」や、明治乳業のチーズ「十勝」ブランドのCMで彼女を見た。そういえば吉田は北海道出身だ。

ドリカムのライブを現場で見たことはない。何度か見たことがあるそれはテレビの画面を通じてであるが、それでも彼女は十分に圧倒的であった。歌がうまいとか、オーラがあるとか、そういう次元はとうに超えていると思う。マイクを持つと、何か、自分でもセーブできないとてつもないエネルギーが迸っているかに見える。

CMでの彼女はどうかというと、意外に「ちんまり」している。当然といえば当然かもしれないが、やはりCMという「他人の作品」の一部になっているということだろう。ワタシは顔と声で「あの吉田か」と気づくが、知らない人には大した印象は残らないかも知れない。ステージ上での過剰なまでのエネルギーは、CM映像の中ではどこかへ行ってしまったかのようだ。

そうなると、もともとルックスにパンチがある(オヤジ表現)ほうではないし、知らない人は「あのお姉ちゃんだれよ?」ってなもんだろう。そのあたりが、彼女が人気の割にCMに使われていない理由かも知れない。まあ、彼女にしてもCMの仕事はあくまで「おまけ」なのだろうが。

Miwa

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2008年11月16日 (日)

不況で見えてくるもの

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この時期はタレント、とくにお笑い芸人を確保するのが大変である。言うまでもなく、年末年始のテレビ番組の出演が立て込むからである。といっても一流タレントでなければ、今の段階で埋まっているスケジュールの半分近くは「キープ」だろう。正式発注ではない、いわば「仮発注」みたいなもので、とりあえずスケジュールを空けて待っているが、「あの件はナシで」と流されてしまう可能性が残る状態である。

実は、ウチが某企業からいただいていたキャスティング依頼が一件、流れた。プレゼンで負けたわけではない。クリスマスパーティーのゲストを手配してほしいという希望で、ウチは数人の候補者を提案していた。回答がなかなかないので嫌な予感がしたのだが、そのとおりであった。おりからの不況のあおりを受け、その企業のパーティー予算は大幅減額。毎年歌手や芸人を呼んでいる企業であったが、今年はゲストの招致そのものを中止するのだとか。

少々無責任な見方かもしれないが、不景気がタレントを鍛えると思う。いくら予算が締め付けられたからといって、タレントの仕事がまったくなくなるわけではない。少なくなった席を広告主がだれのために空けておくかと言えば、当然より優先度の高いタレントだろう。ということは、不況というのは「本当に呼びたいタレント」と「予算が余れば呼んでもいいタレント」がはっきりする時期だということだ。

タレントのギャラは「時価」である。常に市場原理によって価格が決定する。仕事の声がかからなくなると、当然値段は下がる。というわけで、そこそこビッグネームのタレントも、この不況でいつもよりお求め安い値段になっている。ならば、広告主もこの機会に、いつもなら手が出ないタレントを使ってみるというのはどうだろう。そのくらい思い切ったことができる企業こそが厳しい時代にも成長するのではないか。って、それこそ無責任だな。スミマセン。

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2008年11月14日 (金)

職人のキャスティング

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日産ムラーノのCMに「現代の名工」として「クレイモデラー」なる職人が登場している。車を制作する過程で実物大の模型を作るということは知ってはいたが、カンナのような道具で、粘土模型を削っているとは思わなかった(なんとなく子供の粘土細工のように、塊をペタペタくっつけて形を整えていると思っていた)。CM映像だからスタイリッシュに映っているのだろうが、さすがに職人の仕事ぶりというのは美しい。顔だって男前ではないが「いい顔」である。

開発段階に携わった人をCMに出す効果は、まず会社そのものの信頼感アップだろう。優れた人材がいるというのはそれだけで資産である。と、分かる人には分かる。もうひとつあるとすれば、ある種のストーリー生成の作用だろうか。商品に関心を持ってCMを見る人は、「これが世に出てくるには、こういった人々の努力があったのだなあ」と、思いを馳せることができる。そうやって、カタログスペック以上の思い入れを持たせることができれば、CMとしては成功だろう。

ところで、知らない人に言うと「たしかに!」と感心されることが多いのだが、日産はCMに有名タレントをほとんど使わない。2年前にスカイラインのCMにイチローと渡辺謙を使ったのと、今年ティアナのティザー広告でトヨエツと檀れいを使ったのが例外と言えば例外である。カルロス・ゴーン社長就任以来の「広告の主役は車であるべし」という方針によるらしいが、そういった、ポリシーを持った会社は好きである。

まったく関係ないが、日産の「ムラーノ」は村野さんが作った車で、「ティーダ」はT.飯田さんが作った車だと思っていたら、前者はイタリアの島の名、後者は沖縄の方言で「太陽」らしい。これ、消費者に「もしかしたら」と名前の由来を想像させようという意図を感じるのだが、どうか。

Claymodeler

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2008年11月12日 (水)

日本の二枚目/谷原章介

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映画『ハンサム★スーツ』に出て、谷原章介が一皮むけた。らしい。テレビドラマに出始めた頃、『救命病棟24時』などはぶっきらぼうでクールな印象が強かったが、今回の映画のプロモーションではコマネチポーズまで乱発するサービスぶりである。一皮むけたのかどうかは分からないが、何かが吹っ切れたのはたしかなようだ。

しかし、ありがちなパターンだなあと思う。阿部寛とか沢村一樹とか、なかなかメジャーになりきれなかった二枚目俳優がブレイクするきっかけとして、コメディチックな役が当たったというのは多いと思う。

日本では、二枚目はカッコイイだけではダメなようである。ときにはダメなところを見せたり、しまらない姿、Hな性格を見せたり、自分で自分を笑いものにできるくらいになって、ようやく受け入れられる。あくまでカッコイイ路線を貫いて成功しているのはキムタクくらいではないか。

ところで映画『ハンサム★スーツ』は洋服の青山とのタイアップである。「スーツ」がカギになる映画で青山のスポンサードというのは自然な組み合わせのようだが、しかし、キャンペーンを見ていると「これでいいのか」と思ってしまう。

ドランクドラゴンの塚地がハンサムスーツを着ると谷原章介になってしまう。それは、あくまで映画の中の話である。なのに青山は「着るだけでハンサムになれるスーツ」を現実に売り出すという。そんなのを真に受ける消費者がいるのか? 冗談と現実をごっちゃにしてはいかんだろう。「映画連動企画」としてはクライアントに刺さりやすいかも知れないが、販促面ではどうなのか。お客は店頭で「ハンサムスーツください」と言うのだろうか。想像しているうちに、こっちが恥ずかしくなってくるのだが。

1

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2008年11月10日 (月)

ビッグネームの魔法/北野武

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『あたらしい教科書』シリーズ(プチグラパブリッシング)の「広告」で、あるクリエイティブディレクターが「タレント広告」について面白いコラムを書いていた。

たとえばCMに4人の登場人物がいるとして、右端にキムタクを置くとする。それがキムタクだと気づいた視聴者は、「なぜ端っこにキムタクが?」「ほかの3人はだれだ?」と瞬時にストーリーを類推する。この識別性こそがタレントを使うことの意義である。…とまでは言っていないが、たしかに重要なポイントだよなあとワタシはいたく共感したのである。タレント、とくにビッグネームは存在するだけで意味を持って(持たせて)しまうのだ。

最近、地味にではあるが再びCM露出が増えてきた北野武のCMを見ていると、そういうことを考えてしまう。

「たけしを使うとは、ものすごく画期的な商品なのか?」
「たけしを使うとは、このキャンペーンには気合が入ってるな!」
「たけしが出るとは、CMの監督は天才の目にかなう人物に違いない!」

というように、勝手に商材やCMを「特別なもの」にしてしまう。普通の仕事が普通に見えない。これこそがビッグネームのパワーだろう。現実はそうかも知れないし、そうでないかも知れない。広告主が提示した条件に北野事務所が単に応じただけかも知れない。だが、広告主は明らかに彼の「識別性」に期待して仕事を依頼しているはずである。情報過多の時代において、視聴者の記憶に印象を残そうとするなら、「何か考えさせる」のは有効だし、そのためにビッグネームを使うのは正解だと思う。

ところで、いま北野が出ているCMといえば、ECC英会話と明治乳業のLG21がある。前者は映画『プルコギ』の具秀然監督の作品、後者はよく分からないが、不気味な演出でやはり映画的な味わいである。映像的には、とりあえずビッグネームに相応しい舞台が用意されているとは言えそうである。

Kt

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2008年11月 6日 (木)

華をそえるなら/菊川怜

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広告のキャスティングといえば企業やブランドのイメージキャラクターが想像されがちだが、記者会見やイベントのゲストにタレントをアレンジするのも重要な仕事である。しかも前者に比べて後者は時間的な余裕がないことも多く、その条件下で商材やクライアントにぴったりのタレントを探さねばならないので、場合によってはしんどいこともある。

たとえば新しいゲームの発表会なら若いタレント、ジュエリーブランドの会見ならモデル系のタレントを呼べば、とくにだれであってもそれなりにおさまるだろう。意外に苦労するのが、お堅いイメージの会社がテープカットなど行う場合のタレント選びである。テープカットは、普通タレントを真ん中に配置して、両サイドに企業の重役が立つ。こういう儀式を好むのは伝統を重んじる会社が多いので、重役は当然お年を召した方である。このときの「絵」を考えると、おバカタレントやお笑い芸人では重役氏とのバランスが悪すぎるし、かといって和服の演歌歌手ではなじみすぎてインパクトがない。そういうとき、堅い雰囲気になじみつつ華があって、しかも知的な印象を持ったタレントとして浮かぶのが菊川怜である。

つい先日、郵便局とDVDレンタルのGEOが共同で開発した「ゲオぽすれん」の発表イベントに菊川が出演していたが、写真を見ても実に安心感のある仕事ぶりである。一時期「CM女王」と言われた頃に比べれば仕事量も落ち着いた感はあるが、彼女にしかできない仕事や役割はまだまだ多い。あまり注目されない分野かも知れないが、「テープカットが似合う著名人」として、彼女は貴重なタレントだと思う。

Tapecut

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2008年11月 2日 (日)

ノー・リプライ

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タレント業界は、やはり普通の会社とは違う。キャスティング業に携わるようになってそこそこ時間もたつが、いまだにときどき「それ、普通の会社では考えられんでしょ?」と言いたくなることがある。実際、ウチはキャスティングだけを生業にしているわけでなく、仕事の半分は広告を作ったり売ったりする「普通」の仕事なので、タレント業界の特異さはなかなか「当り前」に思えない。

とくに辛いのは、「平気で人を待たせること」である。たとえば、見積りの依頼があったとして、普通の会社は相手をどのくらい待たせるだろう? 商材にもよるが、見積もりくらい遅くとも3日以内には出てくるのではないか。それ以上時間がかかるようなら、「お見積り依頼ありがとうございました。○日ほどお待ち下さい」という電話なりメールなりが入るだろう。普通の業界は。

有名タレントに出演依頼をして、そんなレスポンスを期待してもまず無理である。出演がYesなのかNoなのか、それだけの返事を聞くのに1週間以上かかっても全然おかしくはない。それどころか、「回答なし」ということすらたまにある。

有名タレントにアプローチするとき、取引のない事務所ならとりあえず趣旨をメールで送って電話をかける。たいていは電話に出た人が「ではマネージャーから連絡させます」という返事をくれる。ところが待てど暮らせど電話は来ない。何度もこちらから電話をかけて、ようやくマネージャーとつながったら「検討して回答します」と、まるで今初めてその話を聞いたかのような対応。もちろん普段から取引があって営業やマネージャーと顔見知りであれば対応も違う。しかしまだまだウチは業界では新参者。したがって関係の薄い事務所にアプローチする場合は、その事務所に「顔がきく」人に間に入ってもらうことが少なくない。

事務所にも言い分はあるだろう。おそらく有名タレントへの出演依頼の問合せは山ほど入っているだろうし、その中には取引実績のない、得体の知れない相手からの問合せも多いに違いない。変な仕事を受けて商品(タレント)の価値を下げてしまう、そういったリスクは「普通の会社」よりもタレント事務所のほうが圧倒的に高いのである。だから慎重に取引相手を選ばねばならないが、かといってすべての問合せ主を吟味するわけにもいかないので、結果的に回答が先延ばしにされたり無視されることになるのである。

有名タレントの事務所にしても、大事な取引先にはきちんと対応するはずである。大事かそうでないか、基準はつまるところ「信頼」である。信頼できる相手とは、実績のある相手である。だから、対応が遅いとかなんとか、愚痴を書いている暇があったら取引実績を作れ、とまあそういうことである。すんません。

ちなみに、上記は有名タレントの場合。無名、もしくはまだ駆け出しのタレントの場合はレスも早いです。

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